活動日誌−服部こうき

【18.12.03】鈴鹿で「生活と健康を守る会」の設立総会とシンポジウムが開催された

総会の後のシンポジウムでは、鈴鹿中央総合病院の医療ソーシャルワーカーや津市の民生委員・児童委員、四日市市の保護課職員、元生活保護利用者がそれぞれの立場から報告や問題提起を行い、コーディネーターは津市三重短大非常勤講師の脇田先生が務めた

今日は質問の通告の締め切り日(午後3時まで)。
質問することは決めたが、通告用紙はこれからだ。

さて、昨日は鈴鹿で行われた鈴鹿生活と健康を守る会の設立総会とその後のシンポジウムに参加した。
この会の設立を呼びかけたのが、津市役所で同期の下井君であるため激励を込めて参加した(下井君が会長に選出された)。

「生活と健康を守る会」とは、憲法第25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」に基づき、生活保護法による国民の生存権を保障するため、運動する全国組織だ(略称:全生連、生健会)。
県下に7つの組織があり、亀山市にはない。

総会の後のシンポジウムでは、鈴鹿中央総合病院の医療ソーシャルワーカーや津市の民生委員・児童委員、四日市市の保護課職員、元生活保護利用者がそれぞれの立場から報告や問題提起を行い、コーディネーターは津市三重短大非常勤講師の脇田先生が務めた。
それぞれ生活保護に関わっており、すべての意見が大変参考になった。

昔のことだが津市役所時代に人事異動の際に、希望調書に「援護課(生活保護の仕事)」を希望したことがある

市役所には福祉事務所が設けられており、保護課などという名称で生活保護の仕事をしている(亀山市では地域福祉課)。
その課にはケースワーカーが配置されている。

昔のことだが津市役所時代に人事異動の際に、希望調書に「援護課(生活保護の仕事)」を希望したことがある(ケースワーカーをやりたかった)。
結果は受け入れられなかったが、当時は希望者がいない職場だったので希望者多くて異動できなかったわけではなく不思議に思い、その年援護課に異動になった職員に援護課を希望したのか聞いて回った。
その結果、誰も希望していないのに私の希望が通らなかったことがわかった。
後でわかったことだが、当時の市長が「服部は援護課に行かすな。生健会とつながるから」と言ったという。
私は純粋にやり甲斐のある仕事がしたいというだけだったが、市長の的外れな偏見で実現しなかったという思い出がある。
私がこうした行動に出たのは、下井君の仕事ぶりの影響があったからだ。

そんな縁で出かけたわけだが、今後の活躍を期待するとともに亀山市の相談にも乗ってもらいたいと思っている。

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