活動日誌−服部こうき

【17.08.02】亀山列車銃撃事件の追悼法要 目撃者の方の話に胸が詰まった

これまでこの事件を記録するために、証言などを集め事件の掘り起こしをしてきた岩脇彰さんの今日の話では、今までにわかっただけでも60人もの方が犠牲になっている

今日は8月2日。
72年前のこの日、亀山で悲惨な列車銃撃事件が起きた。
終戦を目前に控えた1945(昭和20)年8月2日の昼過ぎに、亀山駅を発車した列車が鈴鹿川の鉄橋を渡った頃にアメリカ軍機P−51(ムスタング)艦載機に銃撃され、列車はレンガ橋付近で停車させられ、その後、客車が攻撃された。

これまでこの事件を記録するために、証言などを集め事件の掘り起こしをしてきた岩脇彰さん(現在、亀山西小学校の先生)の今日の話では、今までにわかっただけでも60人もの方が犠牲になっている。

今日は事件現場近くの(天神)中村公民館を地域の方のご厚意でお借りし、追悼法要−平和祈念式典を行った。

今回の追悼法要が実現したのは、何といっても亀山若手僧侶の会(サンガ)の方の協力があったからだ

会場は小さな公民館で予想外の人が来ていただき、用意した椅子に座れない方もあったぐらいいっぱいになった。

まず、亀山九条の会の高橋代表の挨拶があり、その後、岩脇彰さんに事件の概要を話してもらった。

今回の追悼法要が実現したのは、何といっても亀山若手僧侶の会(サンガ)の方の協力があったからだ。
今日は7人もの若手僧侶の方が来ていただき、追悼法要ができた。
お経の後、参加者が焼香をした。

最後に、この事件を小学生の頃、目撃された方がその当時の様子を話してくれたが胸が詰まった。

亀山九条の会では、8月6日と9日は原爆投下の日、15日は終戦記念日として式典が開かれるように、毎年8月2日を亀山の平和を考える日とすることを市にも働きかけていくとしている

子どもの頃に悲惨な出来事を目の当たりにした記憶は一生残るだろう。
一人の方が、こんな悲惨な亀山にとって大事件が、このまま忘れ去られてしまうのかと思っていたが、亀山九条の会が記録を残す活動を始めたのを知ってよかったと思ったと語られた。

亀山九条の会では、8月6日と9日は原爆投下の日、15日は終戦記念日として式典が開かれるように、毎年8月2日を亀山の平和を考える日とすることを市にも働きかけていくとしている。

同時に、現場近くの中村公民館と亀山駅前にこの事件を記録した説明板(文化財の所にある説明板と同じようなもの)を建てることにしている。
これは市民の皆さんにカンパをお願いして実現させたいとしている(2基で80万円程度)。
ぜひ、ご協力をお願いしたい。

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